「すべてのものは、単独では存在せず、条件(縁)がそろうことで成り立っている」という見方をするのです。
例えば、火は「薪・酸素・温度」などがそろって起こるし、雨は「雲・気温・気圧」などの条件で降る。私たちの感情も「出来事・記憶・体調」などで生まれる。
つまり、何かが単独で“それ自体として”存在しているわけではないということです。原因と結果というより、相互に依存しあうネットワーク的な関係です。
この教えが重要なのは、単なる理屈ではなく固定された「自分」はない(=無我につながる)、すべては変化し続ける(=無常につながる)、という理解に直結するからです。
本質的な表現で言うと、世界は「もの」ではなく「関係の現れ」であり、実体ではなく「出来事(プロセス)」とも言えますね。
あなたが普段見ている「これはこれだ」という確かなものも、よく観るとすべて条件の束でしかない。それを見抜くのが縁起の洞察なのですね。
非二元とは似て非なるものがある様ですが、私は仏教徒ではないので本当のところは分かりません。いつか、わかる時が来るといいのですが。

