仏教でいう無常というのは、時間の流れの中で絶え間なく起き続ける変化のことを言っていると普通は思うはずです。
逆に言えば、時間の流れがなければ変化はないんだと。だから、無常というのは時間の流れが必須なのだと。
ところが、観察の精度が上がっていくと、そうではなくなるのです。よく観ると、直接わかるのは、現れが起きる→消える→別の現れが起きる、なのです。
ここには、まだ時間というものは出てきていないのです。実際の体験としてあるのは、変化(生滅)の連続だけなのです。
そしてここから肝となる部分なのですが、時間というのは変化を後からまとめて説明するための概念だということ。
無常を深く見るということは、「変化している」という事実を徹底して見ることです。だから、当然時間という枠組みよりも変化そのものがリアルになるのです。
その結果、時間は前提ではなく、派生物になるわけです。変化は時間の中で起きているのではなく、変化の連なりを時間と呼んでいるだけなのですね。

