非二元の探究が始まるずっと前から、この私という自我は幻想に過ぎないというのを探究の中心として設定していました。
今でもそれ自体は変わってはいないのですが、一体全体どのようにして「私」という幻想が生み出されたのか?
そのことをしばし見つめていたのですが、きっとこうだろうということを見つけた感じがするのでここで書いてみます。
まず初めに、向こう側に世界がある、向こう側に人がいるということを当たり前のこととして信じてしまったのです。
その結果、ひるがえってこちら側に自分がいるということになったのだろうなと。見えているものの反射としての自分をでっちあげたのです。
もしも、向こう側とか外側という概念がなければ、こちら側というものも作ることはできないので、そこには分離はないわけです。
この順番だったのではないかなと。そしてようやく非二元の気づきと共に、向こう側にあると思っていた世界も人もなかったと気づいたのです。
その結果、この「私」という存在も自動的に落ちていくことになるはずですね。

