生まれたばかりの赤ちゃん、あるいは生後まもない乳幼児の頃というのは、誰もが無邪気で無防備なものですね。
その特徴は、純粋無垢であるということです。そして、実はあらゆる「無」がそこにはあるのです。
例えば、まだ自我ができていないので、無自我なのです。そのため、自我の特徴的な部分を持ち合わせてはいないのです。
だから、これといった生きる目的を持っていない、つまりは無目的。そして、冒頭で書いた無防備であるため、はっきりとした思考がない、無思考なのです。
このように見てみると、何とも理想的な気がしてきますね。じゃあ、私たちは乳幼児の頃に戻ればいいということになってしまいます。
そうなったら、自己防衛はなくなり瞑想などもする必要がなくなるのです。ところが、たった一つ、「無」であることで困ることがあるのです。
それは無意識だということ。正確に言えば、意識がないというよりも、意識が覚醒していないということ。
結局私たちの理想は、意識だけが目覚めていて、それ以外はすべてが無であることなのです。それこそが真実の姿でもあるのですね。