虚空を見る

今日も何を書くことになるのかなあと思って、しばし虚空を見ていました。何処を見るでもなく、ただジッとしてるアレです。

この状態は目を閉じて行う瞑想とはまた異なる感覚になれるので、自分としてはかなり好みのやり方なのです。

すると<全体>から守られているという感覚がやってきて、優しい良い気持ちになれたのです。この状態では、一時的ですが自我が小さくなっているのでしょうね。

私たちの本質は愛そのものなのですが、普段の生活では自我が出しゃばっているので、愛を感じたり使ったりすることができないのですね。

ちなみにほとんどの人が自我として生きているのですが、自我の出しゃばり具合によって愛が使える量も変わるのです。

例えば自我が10割、つまり自我が完全に人生を仕切っているなら、愛は使えません。自我が9割なら、1割だけ愛が表出します。

自我が5割なら愛も5割です。覚醒してしまえば自我は無くなるので、愛が10割となって本質のまま生きるようになるのです。

覚醒してしまった人は例外ですが、一般的には自我と愛の割合はその時そのときによって変動するのです。

虚空を眺めていていい気持ちになったのは、その瞬間自我が静かになって愛の割合が多くなったからだと思っています。

<全体>と繋がる感覚は愛の感覚なのだろうと思いますね。身体の内側がなんだか暖かく感じてきて、非常に心地よい感じになります。

虚空を眺める以外にも色々な方法があると思いますので、短い時間でもいいので自我を大人しくさせていられる時間を作るといいですね。