所有しないことの爽快さ

この出来事は以前にも書いたことがあったと思うのですが、自分が生まれて初めて所有しないことの清々しさを体験したエピソードだったので、改めてまた書いてみたいと思います。

小学生の3〜4年生くらいの頃の事だったと思うのですが、昔の牛乳瓶には紙製の丸いフタがあったのです。

それを叩いて真っ平にして、みんなで持ち寄っておはじきのようなことをして遊ぶのです。勝った人が負けた人のフタをもらえる仕組みです。

上手な人はどんどん集めることができるし、下手な人はどこかで補充していかなければゲームに参戦できなくなります。

記憶では、とにかく大きな箱の中に数え切れないくらいのフタを集めて、日々対戦していたのを覚えています。

ところが、ある日のこと、急に大量のフタを全部手放したくなって、友達に一枚を残して全部譲ってしまったのです。

そのときの爽快感が、忘れられないのです。身軽になったような感じがして、とにかく気分が良かったのです。

それまでは、とにかく沢山集めて誰よりも多く手にしたいと思っていたのに。自分でもそれが意外過ぎて意味が分かりませんでした。

あれこそが、所有しないということの気持ち良さだったのですね。何も持っていないということは、何がどうあっても問題が起きないのです。

底の状態は心を安定させてくれるということです。集めることよりも、純粋にゲームを楽しむこともできるようになったのかもなと。

より多くを集めたいというのも欲望だし、絶対に減らしたくないというのも欲望であって、どちらも執着であり、それはこの瞬間を楽しむことから遠ざけてしまうことに気づいたのですね。