気づいていようと気づいていまいと、私達は心のどこかで未来に何か嬉しいこと、素晴らしいことが起こるのではないかと期待しています。
これまでの人生があまり気に入らないと感じている人でも、それなりに悪くもなかったと思っている人でも、みんなもう少し明日は良くなってほしいと願っているのです。
自分の人生は、もうそれほど良くはならないとあきらめている人であっても、実は心の片隅で必ずや何がしかの希望はなくしていないのです。
それがエゴの習性なのですから。私たちが死を恐れる最大の要因とは、そうした期待を寄せる未来を完全に奪われてしまうからなのです。
未来がないということは、どんな希望も期待も欲望も持てなくなってしまうことになるのですから。それが恐怖を生み出すことになるのです。
けれども、落ち着いて心を静かにして毎日起きていることを見ることができれば、いいことも悪いことも起きて、それでもおしなべて何だかOKだという感覚がやってくるのです。
毎日が淡々とやってきては過ぎていく。都合の悪いことが起きたら、次にはちょっと嬉しいことが起きたりする。それでも、本質的にはどんな変化もありはしない。
暇な一日、活躍した一日、不愉快だった一日、感動した一日、何事もなかった一日、どんな一日でも、今日も今日とて…という感覚に浸ることができれば、すべてがOKになるのです。
勿論、OKでなくてもそれはそれでOKなのですから。