不可視のエネルギー

私たちは、普段目には見えないエネルギーの洪水の中で暮らしているのです。けれども、自分は目に見えないものは信用しないのだという人もいるかもしれませんね。

電波も音波も人間の目には見えませんが、この地球上の空間には無数といっていいくらいのそうした波が飛び交っているのです。

テレビやエアコンのリモコンは音波を使っているし、テレビやラジオの番組は電波によって伝わってくるものを、キャッチしているのですね。

それと同じようにして、私たちはまだ解明されていない何等かの知覚を使って、場のエネルギー、人から発せられる思考や感情のエネルギーなどを感じ取っているのです。

だから、たとえば怒りを膨大に蓄積している人と一緒にいると、その人がたとえ笑顔で接してくれたとしても、何となく怖いというか居心地が悪く感じたりするのです。

セミナーなどで、多くの人たちが一斉に同じ方向を目指していると、そのエネルギーが増幅されて、個人でいるときとは比べ物にならないくらいに大きな効果を生むのです。

残念ながら、科学の現状ではまだそれが一体何なのかは解明されてはいませんが、誰もが自然とそうした感覚をどこかで感じながら生きているのも事実です。

実際、相手の思考の内容を読み取る能力のある人もいるようですね。訓練によってそうなったのか、生まれついてのものなのかは分かりませんが。

いずれにしても、エネルギーが目には見えないものでよかったという点もありますね。だって、それが見えてしまったらそれこそおちおち街を歩いていられなくなってしまいます。

エネルギーは外の空間を飛び交っているばかりでなく、私たちの内面にもまた別のエネルギーがあります。というよりも、そのエネルギーによって私たちは生かされているとも言えるのです。

そして、究極的にはたった一つのエネルギーだけが実在するのですが、それこそが私たちの本質なのですね。

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