中立な心

私はクライアントさんとのセッションの前には、できるだけ瞑想などをして自分の心を平安な状態にしておくように努めています。

それは勿論、心がささくれ立っていたり、気になることに意識が向いたままの状態ではとてもクライアントさんと無心で向き合うことができなくなってしまうからです。

それはときには中立な心の状態を作るという言い方をすることもあります。中立とは、公平な見方ができる、ひいきをしたり偏ったものの見方をしないという意味でもあります。

しかし、もう少し詳しくこの意味を考えてみると、正しさというものに価値を見出さない心の状態であるということが言えると思います。

小沢一郎が民主党代表への立候補をするという事実を聞いたときに、それをどんな心でうけとめればそれが中立な心だと言えるでしょうか?

それは端的に言って、反応しない心の状態であるといえます。つまり、無反応であるということ。何も意見や気持ちの揺れなどがないということです。

小沢一郎という人に対して世間一般でされている評価、あるいは政治の世界にとても詳しい人がしている評価、その他きっとさまざまな評価というものがあるはずです。

しかし、中立というのは評価をしない心でもあるため、それに対して意見というものを持たない心の状態でもあるのです。

たとえどんな政治家が何をしても、そこに正不正、善悪、良し悪しなどの解釈を持ち込まないでいられることこそが中立の心であると言えます。

そしてこの中立の心は、一見独自の意見や考え方がないように思われて、人としてどうなのかとも思われるかもしれませんが、それでもいいのです。

結局、正しい自分でありたいか、幸せな自分でありたいか、二択であって両方を選ぶことはできないというコースの言葉に大切なすべてが含まれているのです。