機能する意識

赤ちゃんは一歳くらいになると、何とか自分の力で立って歩き出します。最初はヨチヨチ歩きで、危なっかしいのですが、次第に慣れてくると上手に歩くことができるようになります。

そうやって、気が付いた時には、何も考えずとも上手に右足、左足と絶妙なやり方で二足歩行ができるようになっていきます。

そうなると、もう歩いていても、そのことに神経を使うことはほとんどなくなってしまいます。だから、私たちは様々なことを考えたりやったりしながらでも、歩くことができるのです。

普段街を歩いていても、歩くことに殊更意識を向けなくなってしまうのも当然のことですね。それでも、心のどこかの部分では意識せずとも歩くことをしっかり機能させているところがあるということですね。

もう10年以上前のことですが、クルマで会社まで通っていることがあって、その時に帰りの運転中に会社から緊急の電話がケータイにかかってきたことがあったのです。

かなり込み入った内容だったため、自宅に着くまでの1時間弱の間、運転しながらもずっとケータイで話しをし続けていたのですが、話し終わって自宅近くの車庫にクルマを入れようとしたときに、びっくりしたことがありました。

それは、毎日使っている道路なのに、どこをどう通ってきたのか全く記憶がなかったのです。完全に空白になっていて、意識がすべて電話のやり取りに向いていたのですね。

それなのに、自分はちゃんと自宅に戻って来れていることが驚きでした。それは、きっと歩くことと同じくらいに運転することに慣れてしまっていたからなのでしょう。

運転することを機能させている意識が自動的に働いてくれていたということです。私たちの心の中には、そうした機能する部分というものが備わっているのです。

覚醒した賢者がエゴを消滅させたあとでも、一般人と同じように仕事をしたり、会話をするといったことができるのは、この機能させる意識があるからなのだと思うのです。

このことに気づくまでは、エゴを解体してしまったら人としてうまく機能できなくなってしまうのではないかと思っていたのですが、そうではないということが分かりました。

ということで、安心してエゴを手放して覚醒することにしたいと思います(笑)。とはいうものの、それも起きることであれば、起きるということですね。

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