自我にとっては、何もしないことほど難しいことはありません。正確に言えば、それはほとんど不可能なほどです。
過去のことを思い出さない、未来のことを想像しない、何かについて解釈しない、これだけでもほぼ無理ですよね。
また、自分の内面を調べない、物事をコントロールしない。これだけのことを何もせずにいることが如何に難しいか。
たとえば、不安が来たら、それを放っておくということだって、放っておこうとするのなら、それをやっていることになるのです。
何もしないでおこうとすることだって、それをやっていることになるわけですから。じゃあどうしたらいいのだろうと考えてしまいます。
一言で表現するなら、ただただ在るということです。あるいは、ただ気づいているということでもあります。
気づきの立場に立つということ、これが何もしないということかもしれません。この時には、非二元という現実の本質が見えてくるでしょうね。

