何かを探究することというのは、聞こえはいいですが、その実態はというとまさに知ろうとすることだと言えます。
何が知りたいのかというと、真実だったり自己の本質だったりと、人によって色々ですが、とにかく分からないことを分かりたいと願うこと。
そしてこの欲望が二元の世界を確固としたものにしてしまうのです。なぜなら、知りたい主体と知られる客体とに二分するからです。
もしも、自分自身のことを深く知りたいのなら、自分自身を二つに分離することになってしまうのです。
そして、知ろうとすることは、求めることの中の一つのバリエーションに過ぎません。つまり、知っている状態を求めると言い換えることができるので。
対象が何であれ、私たちは常に何かを求めてやまないのです。その対象が多岐に渡ってあるということです。
逆に言えば、何も求めない、何も知ろうとしない、そうしてただ在ることの中にいることができれば、そこには非二元の静寂が待っていてくれるのでしょうね。

