二元性が消滅するとき

私たちの住んでいるこの世界は、二元性というもので出来上がっています。光があればその反対の闇があり、固いがあれば柔らかいがあるように、あらゆるものが対として存在しているのです。

こんな子供でも知っているような当り前のことでも、ときとして私たちはそれを忘れて、対のうちのどちらか一方の都合のいい方だけが、あたかも存在しているように見てしまうのです。

誰もが快適な生活を望んでいるのですが、それにも必ず不快な部分がくっついてくることを忘れてしまうのです。生きていると、その反対の死が必ずくっついてくるのに、そのことを忘れようとしているのです。

そこにこそ、苦しみの根源があるのです。分かっていながらも、心のどこかで一方を無視しようとすることで、それを拒絶すればするほど苦しみは深くなるのです。

逆に、もしも幸せを求めても、それには必ず不幸がくっついてくるということを、あらかじめ受容することができるなら、何も問題は起こらないはずなのです。

悦びがやってきたら、いつかは悲しみもやってくるのです。それを避けることはできません。それを避けることができるという幻想があなたの心の中にある限り、決して満たされることはありません。

あなたが誰かを愛せば、そこには必ず何等かの憎しみもついてきます。残念ですが、どれほど愛していたとしても、そこには憎しみが含まれているのです。

いやいや自分は相手のことを純粋な愛で包んでいるので、憎しみなど含むはずがないと思っているかもしれませんが、それは不可能なのです。なぜなら、二元性の原理が働いているからです。

ただし、唯一この二元性の原理が崩壊する瞬間というものがあるのも事実です。それは、あなたという人物があなたの中で消えているときです。

相手を愛している当のあなたがいなくなれば、そこには純粋な愛が発生することができるのです。なぜなら、本当のことを言えば、二元性というのはあなたのマインドが創り出しているものだからです。

マインドが消滅した瞬間、この世界は純粋無垢なものへと変貌するのです。それが「不二」ということ。つまり、二つ目のない、一つだけがただ在るということ。

それこそが真実なのですね。