記憶から離れれば個人はない

一切の記憶を使わないように注意していると、自分が誰なのかが分からなくなりますね。なぜなら、自分とは過去の集大成でしかないからです。

だから正確に言えば、記憶から離れれば、自分は「誰か」ではなくなるということです。誰でもないナニカとしか言いようがなくなるのです。

その時に残っているものは、あなたが全く同じようにして記憶を使わずにいる時に残っているものと、きっと違いはないのだろうと思うのです。

なぜなら、互いに違いを探し出すことができないからです。個別性が消えるとはそういうことなのです。

さらに言えば、そのときに全く判別することができないナニカが二つあるというよりも、それらは一つものだと考えることもできるのです。

その残ったナニカを、別のナニカと区別する境界のようなものも存在しないのですから。それを意識と呼ぶのですね。

それこそが私たちの本質、その一つもののことを全体性と呼んだりしているだけで、どう表現しようが同じことです。

今回は記憶という言葉を使ったのですが、それは思考と言っても同じなのです。思考こそが、「私」という個人をあらしめているのです。だから、個人は実在しないのです。