「私は意識だ、目覚めた意識だ!」

パソコンやスマホといったものがとても身近なものになったので、「記憶データ」という言葉が普通に使われるようになりました。

私たち人間にも記憶というものがあって、見聞きしたもの、経験したもの、勉強した事柄などが全て記憶データとしてどこかに蓄えられています。

ということは、記憶データ=自分ではないと分かりますね。だとしたら、記憶データを一切使わないようにしても自分の存在はそのままにあるわけです。

瞑想などしなくても、記憶を使わずにいることはできますのでそれを試してみると、そこには慣れ親しんだ自分(自我)がいないことに気づきます。

意識はずっと途切れずにあり続けるのですが、そこには◯◯を知っている自分とか、何かが好きな自分とか、そういった日々生きている自分が消えるのです。

結局、私たちがこれが自分だと思い込んでいるものとは、そのほとんどが記憶データから成り立っているのです。

でも自分は記憶データだなどと思っている人はいないはずですね。記憶データは思考が参照するものなので、思考さえ停止してしまえば記憶を使わずに済むのです。

その時に残ったものこそが本当の自分ということになりますが、それこそがこの意識なのですね。

意識は目覚めていようが眠っていようが、どちらにせよ永続的なものです。あなたが何かを考えている時、意識はほとんど眠っているようなものです。

それが自我が活性化している通常の状態なのです。言わば私たちが自我に乗っ取られてしまっている状態と言うことです。

もしもあなたが自分の自我から離れたいと感じる時があるなら、その時には「私は意識だ、目覚めた意識だ!」と唱えればいいのです。

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