私たちの五感の中でも最も重要なものは視覚だと言われています。それだけ視覚に頼って日々生きているということです。
視覚、つまりモノを見るというのを科学的に説明すると、モノに当たった光が反射して網膜の中に入ってきます。
それを電気信号に変換して視神経から脳へと伝えられ、そこで像を作ることによってモノが見えるということになるわけです。
確かに、目を閉じればモノは見えなくなるので、科学的な説明は正しいのでしょう。それはそれとして、臨死体験をした人や幽体離脱などによって肉体から離れる経験をした人がいます。
彼らはみな肉眼がないのにも関わらず、周りをごく普通に見ることができています。これは、一体どういうことなのか?
「見る」ということをもっと本質的なレベルで考察してみると、それは意識するということだったり、気づいているということなのかなと。
そしてなぜ肉眼がないのに見えるのかというと、本当は全てが自分自身だからなのではないかと。
全てが一人称なので、そこに意識を向ければそれが確認できるということなのです。それに気づいていることになるのです。
ただ自我は自分を個人だと信じ込んでいるので、臨死体験や幽体離脱状態では外側の世界が「見える」という感覚のままなのではないかと。
外側の世界など本当はないので、意識した瞬間に時空を超えて過去、未来のどこへでも飛んで行けるような感覚になるのでしょうね。
死んで肉体から解放されたら、真っ先にそのことを試してみたいなと考えています。