自我の正体を見抜く

私たちが自我として生きている限り、周りの世界から分離しているという共通認識のもとに生活をしているのです。

その分離感からやってくるのは、恐怖と孤独です。自分という個は、生まれてから死ぬまでずっと独りであることが確定しています。

もちろん、さまざまな幻想を持つことは可能です。相手を思い切り抱きしめていれば、一心同体になれるとか…。

大勢に囲まれて、みんなに見守られていれば孤独ではなくなると思ってみたり。子供であれば、お父さんとお母さんに挟まれて寝れば一人ぼっちじゃない等々。

けれども、あらゆる幻想を捨ててしまえば、完全なる孤独であることを思い知ることになるのは明らかです。

恐怖と孤独を誤魔化すために、欲望が生まれました。欲望を達成することができれば、恐怖も孤独も消えてなくなるに違いないという、切実な願い。

それが叶った試しはないのです。なぜなら、恐怖と孤独は個体である限りは絶対についてくるものだからですね。

しかもその欲望こそが、自我を存続させるだけでなく、私たちを苦しみへと導く張本人なのです。でも欲望を無くすなんてことはできません。

じゃあどうしたらいいのか?自我という個体こそが幻想であるということを見抜くこと。その分離感は偽物だったと気づけば、恐怖も孤独も消えて、全ては一つという愛だけが残ることになるのですね。