記憶を使わなければ気づいていることだけがある

非二元の探究を通して思いっきり気づいてしまったことがあるのですが、それは本当は知らないのに知っていると信じてしまっていることばかりだということ。

一番身近なところで言えば、自分は男性だとか、年齢はいくつだとか、国籍はこれこれだと言ったことです。

こうした情報というのは、記憶の中のデータとして知っていると思っているのですが、記憶を使わなければ知りようがないのです。

そして、記憶が本当はどんなものなのかについても私たちは本当には何も知りません。あるいは、今部屋の中にテレビがあってテーブルがあることを知っていると思っています。

けれども、あれがテレビだとかテーブルだと認識するためには、これもやはり記憶データを用いる必要があるのです。

それを無意識でやってしまっているので、感覚としては直に自分は知っていると思ってしまうわけです。

記憶を使わずに知っていることは何かあるでしょうか?今この瞬間気持ちいいとか悪いとかを知っていると思うかもしれません。

ただしこれは単に気づいているという言い方の方が妥当なのです。知識でないものは知ることはできないのですから。