時間差は必要なものかもしれない

非二元の気づきがやってきてから、日々の生活が何か変わったことがあるかと聞かれたら、ほとんどないと答えると思います。

同じような朝が来て、同じような毎日が始まることに違いはないからです。だから直接の影響はほとんどないと言わざるを得ません。

けれども、これはその人の個性にもよることだと思うし、一概には言えないのですが、私の場合は時間差を持って少しずつの変化はあるように感じるのです。

あの時あの気づきがやってきたのに何の変化もなかった。ところが、また同じ気づきがやって来たにもかからず、今度は自分の体感に変化を感じるのです。

これはもしかしたら、心の癒しと同じで癒されたからと言ってすぐに毎日の生活が変わるわけではないのだと。

それでも、ある時ふと気づくとこれまでの自分とは違う生き方をしていることに気づいたりするわけです。

自分の気づきや癒しというものが、具体化して表に出てくるまでにはそれなりの時間が必要なのかもしれません。

だからこそ、目的意識をなくした状態でもただ心がけることを継続することは、意外と意味のあることなのかもしれないですね。

逆に言えば、即刻の変化というのはきっと一時的なものであって、自分のものにならずに定着しないということもあるのでしょうね。