現れと存在の違い

私たちは、宇宙がありこの空間があって、その中に物質があると信じています。そしてこのあるというのを「存在」という少し物々しい言葉で表現します。

その一方で、非二元を語るときには決まって「現れ」しかない、と表現するのですが、この二つの違いを明確にしたいと思うのです。

普段自分の目の前に見えている景色は、目を閉じても開けても変化することなくその景色はずっとそこに存在すると考えています。

けれども、景色という現れは目を閉じた瞬間に消えてしまうし、また目を開けたら現れるということが起きるのです。

この両者の違いは決定的です。存在は、そこに連続性があるのです。もちろん、存在も何かの事象とともに生まれて、どこかの時点で消えていくのです。

地球もいずれは姿を消すことになるのですが、それでもその永続性は人間の寿命からしたら無限に長いと感じます。

つまり存在とは、それそのものが連続性を持っていて、何かの事象がなければ生まれたり消えたりはしないということ。

そのために実体という概念を使うのです。目の前のコップには実体があるとすることで、そのコップの連続性が生まれるのです。

いつ生まれていつ消えていくのか分からない刹那的な現れが現実であり、連続性のある存在とそれを支える実体は、そのどちらもが都合のいい概念でしかなかったということですね。