今日もシンプルに…
人が癒されていくときに
とても大切な岐路に立つときが来ます
それは、自分の身に不都合なことが起きたときに
それを自分以外の周りのせいにするのか
それとも、自分の奥深くにそれを惹きつける
何かがあったと気づくか
前者の場合に、それ以上癒されることはありません!
以上
今日もシンプルに…
人が癒されていくときに
とても大切な岐路に立つときが来ます
それは、自分の身に不都合なことが起きたときに
それを自分以外の周りのせいにするのか
それとも、自分の奥深くにそれを惹きつける
何かがあったと気づくか
前者の場合に、それ以上癒されることはありません!
以上
今日もシンプルに…
本当に大切なこと
それは自分の信念や正しさを
潔く放り出せること
以上
今日もシンプルに…
「無」とは単に何も無いというのではなく
「無」が在るということ
音が無いのを「静寂」と言い
「静寂」が在るというのと同じこと
以上
催眠療法中に、具体的な何かを思い出すこともなく、ただただ感情だけを感じて下さるクライアントさんがいるのですが、これが理想的なのです。
記憶には、状況記憶と感情記憶とあって、残っていると問題になるのは感情記憶だけなのです。感情記憶は、塊りであり、エネルギーなのです。
そのネガティブなエネルギーが、後々の自分を苦しめる結果となってしまうのです。そして、感情を味わう時に、邪魔になるのが状況記憶なのです。
それは思考によって出来ているからです。状況記憶を思い出すということは、思考を働かせていることになるため、それはマインドの仕事なのです。
一方、感情を味わうのはハートであって、決してマインドにできることではないのです。マインドを使えば使うほど、ハートは閉じてしまうため、感情を充分に味わうことができなくなるのです。
状況記憶を使って、辛い過去を思い出すことができたなら、それとリンクしている感情記憶が上がってくるはずです。
それをそのまま味わうために、状況記憶を脇へ置いて見ないようにする必要があるということです。尤も、しっかり感情の中に入っていくなら、自動的に状況記憶は脇へ押しやられることになるのですけどね。
今日もシンプルに…
誰もが自分の欲求が叶ったなら、満足すると信じています。
でもそれは本当ではありません。
満足とは、
”「自分は膨大なる全体の一部に過ぎない。だから全体に従う。自分は全体と闘わない」それが満足なのだ。”
って、osho が教えてくれています!
以上
今日もシンプルに…
どれほど修行したとしても
あなたが真実に目覚めることはありません
あなたが消えたときに
本質がそれ自体に目覚めるのです
以上
今日もシンプルに…
思考から解放されたとき
真実があなたに迫って来る
そうなれば
人生の意味や価値などが
全部吹っ飛んでしまう!
以上
今日もシンプルに…
何も考えようとしないときに
意識を自分に向けるのは難しいことではないが
集中して何かを考えているときに
それをただ見ている(意識的である)ことが
とても難しいのです!
以上
今日もシンプルに…
瞑想的に生きるとは
意識的に生きるということ
意識的とは
自分に意識を向けている状態を
保つこと
自分を真に成長させるには
それ以外ないのです!
以上
一日の終わりにゆったりとくつろいで、自分が今日体験したことを思い出そうとすると、どうしても自分の身体がどのような行動をしたのかを見てしまいます。
これこそが、自分を身体と同化している証拠なのですね。そして、もう少し自分の内面に焦点を絞って思い出そうとすれば、今度は自分をマインドと同化していることに気づきます。
さて、もっとよ~く思い出そうとすると、そこには身体やマインドと同化している自分を見ている自己が在るということにも気づくことができます。
その自己が、時間の経過とは無縁の存在であることは、今この瞬間にもまったく同じくして在ることに気づくことで明らかとなるのです。
これこそが、私たちの本質である、純粋な意識なのですね。