味方という存在

みなさんには何人くらいの味方と言える人たちがいるでしょうか?味方というのは敵の反対ですが、だからといって、敵じゃない人は味方かというとそうでもありませんね。言ってみれば自分のことを理解してくれる人ということかもしれません。

たとえば、子供のころに友達とけんかして悔しい思いをしたときに、親がその気持ちを分かって、自分をかばってくれたら味方だと実感するはずです。

自分のことを親身になって心配してくれて、大切だと思ってくれるからこその助言をしてくれる人も味方と言えると思います。

しかし、実際には相手がどんなに自分のことを深く愛してくれてるとしても、相手が自分の気持ちを少しも理解してくれてないと思えば、もう味方とは思えなくなってしまうのも事実です。

つまり、相手が自分の味方かどうかというのは、相手が自分のことをどう思っているかということには関わらず、自分が決める主観的なものだということが分かります。

ですから、自分が誰からも受け入れてはもらえないと思ってしまったとしたら、その人にとっては決して味方と思える人は現れないことになってしまいます。

味方が一人もいないという心の状態とはどんなものかと想像すれば、それは一口にいってただ孤独であるということになってしまいます。

味方が誰もいないと思っている人は、もしかしたら本当の意味で味方がどんなものなのか実感を持ってないかもしれません。

それは何らかの理由により、自分の方から人を拒絶してしまった結果であるからです。自分には味方がいないと思うのは、実は自分こそ自分自身の味方ではないという思いが心の奥にあるからなのです。

それは自分に対する拒絶感、罪悪感によるものです。自分が自分を認めることができたら、必ず周りに一人や二人は自分の味方だなと思える人が現れるはずです。

本当の味方は人数の問題ではありません。たとえ一人でも真の味方だと思える人がいれば、心は安らかでいられるし、それでその人は孤独から解放されて心は救われるのです。

あなたの味方は誰でしょうか?一度じっくりと思いを巡らして見ることをお勧めします。

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