時間の制約

会社員だったころは、朝何時に起きなければならないとか、明日のために何時までには寝なければというようなことがありました。

それは勿論、社会人としてのルールを守るためにはある程度必要となるものですし、そのための時間的制約を自分に課して生活するのは当然ですね。

セラピストの仕事をするようになって、そうした時間的な制約がかなり減少してしまいました。朝はかなりのんびりと起きることができますし、夜も好きなだけ起きているようになりました。

それは一般的な社会人の方々と比べたらかなり自由な生活かもしれません。ところが、それでも毎日何度となく時計を見る習慣が抜けません。

勿論仕事は時間通りこなしていく必要があるわけですから、その点では当然なのですが、仕事と切り離された完全にプライベートの時間であっても、いつも時間を気にしているのです。

終日仕事をしない日であったとしても、一日に一体何回時計を見るでしょうか?そろそろ食事の時間だなと思えば時計を確認しますし、何かを行動し始めるときに必ず時計を見る癖があるようです。

無心になって遊んでいるときにも、ある程度時間が経過したあとは後どのくらい遊んでいられるかを確認するために時計を見るのです。

会社員の頃、常に時間に追われた生活をしていたため、退職したあとはそれを変えようとして腕時計をつける習慣をやめてしまいました。

ところが気がつくと、部屋の中にある時計をしょっちゅう確認している自分がいました。外出するときにも、時計の代わりにケータイで時間を確認したりしています。

日ごろ、奇跡のコースを読んで時間は幻想だということが十分に理解できているくせに、現実の生活においては時計がない暮らしを想像することができません。

このブログをアップするのも日付が変わったと同時にアップするのが習慣となっています。この時間を気にして生活することから意識的に開放されるようにしてみようかと考えています。

そうでないと、時間は幻想だという言葉が軽々しく感じられてしまいそうです。自分自身、いろいろなルールや制限に支配される人生はまっぴらだと思っているのですから、時間の制約も同じように手放す必要がありそうです。

自分の意識に深く刻み込まれた時間的制約について、もう少ししっかりと見つめなおして、できるところから手放していこうかと改めて考えています。

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