分かち合う

エゴは何についても違いを見つけようとするのですが、分かち合うことはその反対です。違うことを互いに分かち合うことはできません。

全く違いがないという認識をしあうことこそが、分かち合うということの本質なのです。したがってそれは共感するということでもありません。

分かち合うことのできるものとは、変化をしないものです。なぜなら、変化してしまうものはそこに違いが出てきてしまうからです。

だとすると、この世界で変化しないものを見つけることは不可能ですから、この世界の中で真に分かち合うことのできるものは一つもないということになってしまいます。

違うということが空間を支えているし、変化することが時間を支えているのです。ですから時空がベースであるこの世界では分かち合うことはできないのです。

しかし、それは時間と空間の中で生きているという思いにおいての話しです。本当の世界は、時間も空間もないのです。

だからこそ、すべてが分かち合うことができるということが分かるのです。分かち合うとはコミュニケーションするということです。

それが愛です。愛は互いに愛を分かち合いつつ、それを繰り返し続けているものです。そうした世界にこそ、本当の私たちは生きているのです。

分かち合うことが愛の本質であり、愛は分かち合うことでその愛そのものを増やし続けています。それが本当の世界のすべてです。

苦しみや痛み、罪悪感や恐怖などは決して分かち合うことはできません。そこには愛がないからです。愛はすべては一つとして分かち合っている状態だからです。