あるのはいつもただこれだけ

非二元をもっと体感するために、どこかに素晴らしいヒントになるような書籍はないかなと思って、これはと思うものを読んでみたり。

あるいは、自分なりに考案したさまざまなワークを試してみたり。そんなことを続けてきたわけですが。

そうした探究のようなものが尻すぼみになってきた今、それでもまだ新たな気づきはやってくるものですね。

もっと正確に言うと、新しくはないのですが気づきの深さや精度と言ったものが変化するということです。

今朝部屋で静かにしていると、自分という個人がこの身体の内側にいるという想像がゆっくり傍へ退いて行ったのです。

なくなったわけではないのですが、それを使わずにいることができるようになったのですね。ただそれだけのこと。より正直になれたということ。

想像していただけのことは、ただそうだったと認めて傍へ置く。それだけで、身体の中から解放された感じがします。

そうなると、自分が個人だというのが単に想像に過ぎなかったということもより明確になるのです。あるのはいつもただこれだけ。 

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