よく言われることですが、闇というのは存在しません。逆に光というのは科学によって、光子という素粒子としてその存在が確認されています。
闇というのは、その光の不在を意味するのです。私たちは存在しない闇に対してどうこうしようとしても何もできません。
それは相手が悪いということですね。存在しないものを相手にどんなこともできないことは明らかです。
闇を何とかしたければ、光のほうに意識を向けるしかありません。光を取り扱うことで闇を消すことができるのです。
それと全く同じことが「私」という自我に対しても言えるのです。自我はあたかも存在するかのようにとてもリアルに感じますね。
けれども、自我は存在しません。それは単に思考によるプロセス、内的な仕組みや働きのことなのです。
だから自我に対して直接的に何かをしようとしても、それは不可能なことなのです。それなのに、私たちは日夜自我に対して働きかけ続けています。
若い時には何者かになろうとして努力するのです。幸運にも何者かになれたとしても、それも自我なので存在しないのです。
もしもあなたが自分という自我に対して不満があったり、どうにかしたいと願うなら、自我の不在のことを思い出すことです。
そして本当のあなたが一体何者なのか、あなたの本性は何なのかを探求することです。そのことによってのみ、あなたは完全に救われていたことに気づくでしょうね。
要するに、何者かになろうとする代わりに、元々ナニモノなのかを見出すことですね。