機嫌の悪さは罪

少し前にこのブログで、自分の気分をコントロールできたら最強ですよね、ということを書いたことがありました。

「気分」という言葉に近い言葉で「機嫌」というのがありますね。気分は自分自身が体験する内面の状態を表すのに使われる言葉です。

一方で、機嫌は他人から見た表情や態度を通じて、その人が現在どのような気分なのかを表すのに使われる言葉だと言えます。

そのせいなのか、私は個人的に機嫌という言葉があまり好きではありません。自分の状態を他人に機嫌がいいとか悪いと判断されるのが嫌なのです。

その逆も然りで、他人の機嫌の良さとか悪さなどに翻弄させられるのは、もっと嫌いなのです。これは誰にでも言えることだとは思いますが。

機嫌が悪いというのは非常に人迷惑なことだなとつくづく思うのです。親の機嫌が悪いだけで、子供はビクビクしてしまうこともあるからです。

子供は常に親の感情的エネルギーに晒されて、そこから逃げる方法がありません。できることと言ったら、ハートを閉じることくらいです。

その結果、親とのコミュニケーションに支障をきたすことにもなってしまうのです。機嫌の悪さは本人が自覚して改善することができるものです。

つまり、気分が悪くてもそれを表に出さないように気をつけるだけで、子供は救われるのです。それができない親は、本人のインナーチャイルドが暴れていると思って間違いありません。

私自身も思い当たることが多々あるのですが、機嫌の悪い状態は大人げないのでしっかりそれを自覚した上で、自分の気分をもっと上手にコントロールできるようにする必要がありますね。

“機嫌の悪さは罪” への3件の返信

  1. この目の前の世界では
    やっぱり人の機嫌の良さが
    人を快にも不快にもする上では
    大きい気がしました。
    不機嫌は本当に気持ちを重くします。

    父親が不機嫌な家庭で育ちましたので
    内面や自分の現実世界は苦悩ばかりでしたが
    自分の子供にだけは、まず見せかけだけでも
    機嫌良くすると思って接してきました。

    見せかけてだけでなく合わせて
    内面も追いつくように
    自分を癒やしていこうと生きる毎日です。

    これからも今の自分の自然欲求を
    なるべく満たして自分を癒やしながら
    意識的に生きたいです。
    いつも本当にありがとうございます。

    1. 素晴らしいですね。自我として生きているので、理想通りには行かないですが、気づいていることで少しずつでも変わっていけると思いますね。

  2. 意識的にいると自然な欲求が湧くことの大切さがわかるようになってきて、それを満たすことや無視することでの代償の大きさを最近特に実感しています。

    意識的であることで気づきが増えた今日この頃です。ありがとうございます。

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