自動運転には救われる

クルマを運転していて、普段走り慣れた道ではないちょっと緊張するような高速道路などを走っている時に、ふとこれは自動運転だなと感じることがあるのです。

自動運転なら、自分は何もしなくてもいいの?と思うものの、必要なことが自分のこの身体を使って遂行されていくのです。

ああ、これが自動運転というものかと。それに任せて自分の命を預けていいのだろうかという邪推も起きてくるのですが…。

それでも、この状態でもう何十年も過ごしてきたわけだから、今さら心配したところでもうどうしようもないわけで。

そうすると、運転だけでなく何から何までが自動運転だったことに気づくのです。自分の人生の全てがその自動運転のもとにあったのです。

じゃあ、一体全体自分は何をしているのかなと。その時に、ふと自我としての自分が本当はいないんじゃないかと思うわけです。

だって、自動運転なわけですから。身体は勝手に動くけれど、思考でああでもないこうでもないとやるのも、ただそれが起きるだけだったのですね。

そのことに気づくと、本当に救われるのです。ただ自我の立場からすると、なんの役にも立っていないということに驚くことになるのですけど。

想像を絶するような大いなる流れが、ひとりでに起きているだけなんだと腑に落ちた時、心の底から解放される感じがしますね。

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