現れは常に現在進行形です。真実に現在形、過去形、未来形というものは存在しないのです。全ては今ここで進行しているからですね。
だから色という現れは現在起きつつあり、音という表れも現在起きつつあるのですが、どういうわけか向こうに景色があり、何処かから音がしているとしてしまうのです。
でも全ての固定概念、既定の前提を脇に置いてあるがままに体験を見てみると、どんな景色も距離ゼロでここで起きているし、あらゆる音も距離ゼロで起きていることに気づきます。
もしもこのことに気づかないとしたら、それは能力とかそう言ったものの違いではなく、単に固定概念や前提知識などが邪魔をしているだけです。
例え話としてよく聞くのが、我々は取れない色眼鏡をかけて世界を見ていると言われるのですが、取れなくてもその色眼鏡をかけていることに気づくことはできます。
あるがままの現れをどのように歪ませてしまう色眼鏡なのかに気づくだけでいいのです。大したことはありません。
あらゆる身体感覚も距離ゼロで起きています。ところが、たとえばつま先を怪我して痛みを感じると、その痛みまでの間に距離を生み出すのです。
その痛みも実のところ距離ゼロで起きているだけ。痛みの感覚がどこかにあるなんて、とてもおかしなことだと気づきます。
そうした固定観念は取れなくても大丈夫です。それが気づきを歪ませているように感じていることに気づくだけでいいのですから。

