意外なものも現れだった

いつも現れだけがある、現れ以外はないということを標榜しているにも関わらず、抜けもあるなと気づいたことがあります。

それは、例えば気持ちや気分。自分にとっては気分がいいことがとても大事なことなのですが、この気分というのも現れの一つに過ぎないのだと。

それに連動して、明らかに気分が良くなるような出来事が起きることを望んでいるのですが、こうした特定の現れが起きることを望むのも現れなのです。

都合のいいことを望み、都合の悪いことを排除しようとする傾向そのものが、一つの現れだったということです。

あるいは、好みというものがあります。食べ物の好き嫌いだとか、人間に対する好き嫌い。こうした好みというものも、単なる現れだったのです。

映画やドラマを観ていて、ハッピーエンドで終わるのか、それとも悲惨な結末を迎えるのか、尻切れトンボで終わってしまうのか、こうしたことの好みも現れなのです。

長く人生を続けていると、絶対に変わらないだろうと思っていた自分の好みが、変わる場合もあるという経験をしますが、これも現れだったということです。

自分という存在の長所や短所、人格、特徴なども丸ごと現れに過ぎないということに気づきにくい傾向があるかもしれませんが、そのこと自体もすべてが現れなのですね。

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