全体性の目でこの世界を見る

自分のことを人物だと信じ込んでいる思考を使ってこの世界を見ると、味方もいるけれど敵かもしれないと感じる人たちも沢山いるように思えます。

その逆に、あの感覚、全体性としての自分を通してこの世界を見てみると、嫌いな敵のように見えていたあの人もこの人も、すべてが自分の内側にあるということに気づけます。

その二つの違いが、自分の中で同居していることに不思議な感じを持っているのも事実ですが、でもそのように絶妙なメカニズムがあるのです。

個人としては、局所的に物事を見て判断するので、そこには必ず分離という愛の欠如からくる恐怖が横たわっています。

全体の中の一部としての自分という考え方ができないために、嫉妬や欲望が渦巻いて、それが苦しみを誘発するのです。

そこには、常に不条理感、不平等感、勝敗というものがついてまわるのです。自分が周りに対して有利な立場でいたとしても、いつかは逆転がやってくるのです。

食物連鎖という全体性で見るか、弱肉強食という個体としての理不尽さで見るかという違いなのです。

物事はただ起きているのですから、それをただそのままに見るためには、全体性を通して見る必要があるということです。

全体性から見れば、無駄なことは何一つなく、神秘的ともいえるバランスの上にすべてが成り立っていることを感じざるをえないのです。

忙しい毎日の中で、ほんの数分でもいいですから世界をそのように見る時間を作って、自分にその経験をさせてあげられるといいなと思うのです。

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