知性を超える生の神秘

この広大無辺な宇宙に思いを馳せるとき、きっとどこかに我々人類のような知的生命体がいるに違いない、あるいはいて欲しいと誰もが考えるものですね。

そうした気持ちが、宇宙人やUFOの存在への興味となって現れてくるのも当然のことだと思います。ところで、この知的生命体とは、一体何を指しているのでしょうか?

たとえば人類は、宇宙の年齢から比べれば、ほんの一瞬としかいいようのない、ほんの短い期間に、宇宙は約137億年前にビッグバンによって生まれた、ということを発見してしまいました。

これは、ある意味奇跡と言ってもいいと思うのです。こうした奇跡的なことを起こすことができたのも、我々知的生命体がいたからだというわけです。

もしも地球上に人類が登場していなければ、地球はそれこそ自然のままの姿を永遠に続けることしかできなかったはずだということです。そこには、我々のような知性というものがないからです。

でも待ってください。こうした知性を備えた人類のような知的生命体が出現したのは、なぜなのでしょうか?単なる自然界の進化による偶然の成せるワザなのでしょうか?

私自身、長い間自然界とは知性のかけらもないのだけれど、それなりに長い時間を費やすことであらゆる可能性が起きるのであって、知性もその一つの結果に過ぎないとどこかで思っていたのです。

けれども、今ではそれには無理があるように感じるのです。この宇宙、この生というものは実は我々の知性そのものを遥かに超越したものではないかということです。

それは、けっして私たちが誇る知性では解明することができないものなのです。生とは神秘であって、解明する対象ではないということです。

科学はそれを知性によって解明しようと努力を続けているのですが、生の神秘はけっして科学には触れることすらできないものだと感じるのです。

この生の神秘とは、あなたの本質のことでもあるのです。知性を遥かに超えたあなたの本質とは?少しでも生きている間にその神秘に触れたいと思わずにいられません。

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