最近、分別しないこと、仕分けをしないように心がけるということを実践しつつあるのですが、そこで注意すべきことがあるなと。
それは、分別しないことと、分別することを善悪のように仕分けしていると気づく必要があるということです。
分別しない生き方を目指すのであれば、そうでない生き方を否定してしまうという仕分けが起きているのです。
このことを一般的なことに広げてみると、何らかの目的を持って生きることは、すでにその目的とそうでないものとを分別しているということです。
ところが、それなら無目的で生きるという方を選ぶのであれば、それが善として仕分けしてしまっているということです。
もう薄々分かったと思いますが、どんなことであれこうしようああしようと思った瞬間に、そこに仕分けが発生してしまうのです。
ここで気づけることは、分別をしようがしまいが、どちらにしてもそういう現れが起きているだけだということです。
何も選ばないということを実践するなら、何も選ばないことを選んでいるということになるのです。どこまで行っても、自分が選んでいるということ、分別するということは不可能だと気づく以外にはないのですね。

