疑うマインドと信頼する意識

私のマインドの中に、二つの大きな部分があるのですが、それはきっと私以外の誰のマインドでも同じなのだろうと思うのです。

その二つの部分とは、一つは生を疑ってかかる部分。一寸先には何が待っているか分からない不安なマインドです。

いつ嫌なことが起こるかもしれないとビクビクしているのです。 体の具合が悪くなると、それが自分の中ですぐに優勢になるのを感じます。

そしてもう一つの部分とは、生を信頼している方です。生そのものを信頼するということは、たとえ何が起きようとも最終的には大丈夫と感じる部分。

この二つの部分は、まったくもって真逆でありながらも、いつも一つのマインドの中で共存しているのですから不思議です。

ときどき、どちらかが優勢になってもう一方を圧倒することはあっても、いずれはまた両方が同時にある状態に戻るのです。

ただ、私の中での変化としては若い頃は「疑う側」が比較的優勢だった気がして、最近は「信頼する側」がかなり優勢なままでいてくれるのです。

実は、マインドの中にあるのは疑う側だけであり、信頼する側はマインドの外にあるのです。なぜなら信頼は無思考だからですね。

思考が小さくなってより意識的であることが増えれば、それだけ信頼が大きくなっていくのですから、そっちに舵を切らない手はありませんね。