過去との不連続性に気づくこと

今日は前半ちょっと分かりづらい話をします。時間についての話です。以前にも何度かこのブログで書いたことがあるのですが、実は時間は実在するものでないのです。

思考が考案したものです。イメージですね。私たちはすっかりそのイメージの中に根付いてしまっているので、時間がないなどとは到底思えないのです。

無理やり時間がないということを想像しようとする人もいますが、それはやめたほうがいいです。

なぜなら時間があるということを前提にして時間がないとは?と思考してしまっているからです。

無理にイメージしようとすれば、時間が止まっているのを想像してしまうかもしれませんが、ないものは止まることもできません。

シンプルに思考が落ちて覚醒している意識だけになれば、自動的に時間はないということに気付くはずです。

たとえそれに気づけないでいるとしても、このように思ってみてください。ここからが後半で、今日言わんとすることの内容です。

時間が過去と未来という概念を生み出して、その流れの中で全てが連続しているように錯覚させているということ。

昨夜床についた自分が、そのまま今朝目を覚ましたと直感的に信じているのですが、本当のところそこは不連続だということです。

昨夜の自分は死んで、今朝新しい自分が目覚めたということです。決して継続的に生きているわけではないのです。

これが理解できれば、昨日までの自分と距離を持って今日を生きることができます。昨日までの自分は今日の自分ではないということ。

両者をしっかりと区別するのです。そうすることで、過去の自分を見つめることがたやすくなるはずです。

と同時に、過去の生き方からも距離を置くことができるようになるのです。習慣がそれを阻むかもしれませんが、徐々にそこから抜けていくでしょうね。

癒しとは過去から脱出することです。そのためには過去の自分と繋がっていないことを深く理解することですね。