二元対立から解放される

月並みな表現ですが、怒りは悪いものだと思っている人いませんか?強欲もみっともないものだと思っていませんか?

逆に、慈悲深さは素晴らしいし、非暴力も良いものだと思っていませんか?その気持ちは充分に理解できます。

私自身の中にも同じように思ってるマインドの部分があるのを知っています。けれども、それだけではありません。

私の中のどこかには、これはもう非常に明確になっているのですが、そうした全てを善悪や美醜に分けて考えるのを、もうやめようぜという部分があるのです。

もう少し解像度を上げれば、悪いものと良いものがあると考えている部分についてもそれをそのまま受容するということです。

そうしなければ、またいつものように改善病にはまり込んでしまうからです。自我としての「私」が持っているものをそのままに見守るのです。

そうすると、自我からの距離を保つことができて、結果として善悪や美醜のようなあらゆる二元対立からも解放されることになるのです。

「私」を優しい眼差しで見守ることができるようになれば、解決しなければならないことが消えていくのが分かります。