遠心的 or 求心的?

感度の良し悪しはあるにしても、私たちは誰もがアンテナを持っています。それは、外向きに情報をキャッチするためのアンテナです。

視覚は外側にあるものを見、聴覚も外側からやってくる音を拾い、嗅覚も触覚も味覚も全ては外向きのアンテナです。

そのように生まれながらにできているので、知らず知らずのうちに外側からやってくるさまざまな情報を収集することを当然のこととしているのです。

そしてそれに連動するように、内側で作られたあらゆる思いや感情を外向きに放出するのです。つまりは、遠心的な流れができてくるのです。

ところが、どうしたわけか人によっては遠心的だったエネルギーの流れを内向きに変えて、求心的になることがあるのです。

この変化がとてもとても大切なのです。充分に意識的になっていくことで、エネルギーの向きが求心的になるのです。

あらゆるものが内側へと吸収されるようになるのです。そうなったら、そこに個人はいません。

全体性が入り込んでくるのに、個人などはお門違いもいいところ。その結果、誰もいないということに気づくようになるのですね。