生の体験のままに

普段私たちは、「自分」と言う主体が体験をコントロールしていると感じているのですが、実際には正直に観察してみると、音や感覚などの「体験」がただ先に起きていると分かります。

そしてそのすぐ後に、「それは私の体験だ」というラベルが貼られていると言うことに気づくことができるのです。

この順番をいつも意識しておくことで、生の体験だけをそのままにしておくことができるようになるかもしれません。

これが直接の体験に留まるということです。体験者と体験対象というのは、いつも思考によって後付けされた物に過ぎないのです。

「私」と言う中心的な存在が実在しないのであれば、「私と他人」、「自分と世界」と言う分離もまた、思考が作り出した景色に過ぎないのだと。

「私はいない」と言う見方と「全ては私」と言う見方は、結局のところ「分離のない一つの現れ」と言う同じ真理を指しているのです。

これを思考で理解しただけでは、とても満足できるモノではありませんね。実感を伴うことでしか、自分のものにならないからです。

そのためには、日々の物語に呑み込まれないようにして、思考からの答えに惑わされないように心がけることが大切ですね。