「非二元を理解した」は幻想

絶対に理解できないもの、決して説明できない非二元を、ずっとこのブログやYouTubeで解説し続けているのはなぜなのか?とふと思うことがあります。

解説というと随分と偉そうな感じがするけれど、ここでもなぜ?というのは存在しないということなんですね。理由は不可能だからです。

二元の立場から非二元を指し示すことはできるのです。それが、言葉を用いて説明するということになるのです。

言葉は二元の世界のものだからです。言葉というのは、元々現実には実体のないものですが、二元の世界ではとても有用なものです。

言葉によって情報を伝達しそれを共有することで、人間は科学や文明を発展させてきた経緯があるのです。

だから言葉によって非二元について説明することは可能なのです。けれども、それは非二元そのものではあり得ません。

このことに常に気づいていなければ、間違った方向へ進んでしまう可能性もあるのです。自分は非二元を理解した、本当に分かってしまったと。

これまで知らなかった新たな情報を得たと思うなら、それは非二元に「ついての」知識でしかないのです。

非二元の立場からすると、人間の理解や知識を完全に無視します。なぜなら、それは全くの幻想に過ぎないからですね。

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