思考が創り出す圧倒的な世界観

一昨日のブログで、体験には直接体験と思考体験があって、前者が非二元であり後者が入り込むことで二元になるということをお話ししました。

ただ勘違いしないで欲しいのですが、思考体験がそのまま二元の世界になると言っているわけではありません。

思考が作り出した体験であれ、それも立派な体験ではあるので、それが思考の産物であることを見抜いているならば、それは非二元になるということ。

色や音や感覚などと同じようにして、思考も単なる現れの一つでしかないと分かれば、二元に見えるこの世界も実際には非二元なのです。

ただ思考が創り出す世界観が圧倒的なので、それが現実のように感じてしまうのですが、それも体験としてただあるのです。

不思議だなと思うのは、なぜか気づきは思考の創り出す世界観を単なる現れとして見るのではなく、その世界の中に没入してしまうのです。

いやそうではなく、没入してしまうという体験がただ起きているということなんですね。この辺ちょっと混乱してしまいます。

所詮、非二元を二元側から解釈しようとしているので、どうしてもどこかでうまくいかなくなってしまいますね。

ーーーーーーーーーーーーー

こちらの動画も是非ご視聴ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です