私たちの誰もが最高の演者

昨日のブログで、私たちは人間関係の中で常に何等かの役割を演じているということを書きました。そしてそれは、決して悪いことではないのですが、やり過ぎると心が疲れてしまうことになるということです。

適当に様々な役柄を演じていられると、ストレスが溜まることも少なくなるはずです。その点では、俳優さんはいいですよね。自分とは全く異なる誰かの役を演じることができるのですから。

役を演じることが少ない人は、比較的いつも自分のままでいられる人ですね。ありのままというか、自然体というのか、とにかく楽そうですね。

けれども、忘れてはならないことが一つあります。それは、どれほどありのままでいようとしても、もうすでに自分は誰それという人物だと思っている時点で、その人を演じているのです。

なぜなら、もしも本当にあなたがありのままでいることができるなら、あなたは自分が何者であるかが言えなくなってしまうはずだからです。

ある一人の人物をあなたが演じないでいれば、あなたはいなくなってしまうのです。本当はあなたという人物はいないからです。そのことをいつも思い出してほしいのです。

それが、唯一の真の救いだからです。あなたが誰かであれば、かならずそこには自分を守らなければならないという恐怖が産まれてしまうからです。

もしも、あなたが誰でもなく、ただ純粋な意識である(これが実際には真理なのですが)と気づいているなら、あなたは一人の人物を演じ続ける自分をただ見る立場でいられるはずです。

そこには、思考も何もなく、ただの気づきそれ自身が在るだけなので、あらゆる一切合財をただ受け止めていることになるのです。

私たちが日夜やっている自分がここにいるという演技は、本当にアカデミー賞ものです。最高の演技者は、その瞬間演技していることを忘れてその中に没入することができる人ですね。

そういう意味から、私たちの誰もが最高の演技者だと言えるのです。いつか演技していたことに芯から気づくときがやってきます。その時まで、最高の演者であり続けるのも楽しいかもしれませんね。