「信頼」の入手法

昨日のブログでは、苦しみから解放されるために最も必要となるものは、「信頼」であるということを書きました。

自分が毎日生きているこの生とそのバックにある見えざる何かを信頼することで、起きてくることを判別することなく受容できるようになるということ。

受容してしまえば、つまり拒絶したりそれと闘ったりせず、逃げずに向き合うことができるようになるので、苦しみからは遠ざかることになるのです。

それでは肝心の信頼を入手するためにはどうしたらいいのかについて、私なりの考えを述べてみたいと思います。

信頼への道の大前提として、自分という存在をできる限り研究する必要があるということ。

外側に広がるこの世界をどれほど探求しても、信頼はやってくることがないということに気づくことです。

信頼は外からやってくるのではなく、自分の内側に湧き出てくるものだからです。従って、日夜、自分を見ることを続けること。

自分とは本当は誰なのか、あるいは何なのか。ある時突然この世に産まれ出て、しばらく生きてただ死んでいく儚いものなのかどうか。

自分は一人の人間として生活してはいるけれど、その正体は身体なのか、あるいは思考なのか、それとも意識なのか。

私の場合は、本当の自分に一番近いのは意識だろうという判断のもと、意識的であることで自分の本質に気づけるのではないかと考えたのですね。

そして私の意識のバックには、全体性としての無限大の意識があり、私の意識はそれとつながっているという感覚に気づいたのです。

内面を静寂が占めている時、この感覚がやってきてくれるとそこからものすごく大きな信頼もやってきてくれる感じがするのです。

まだまだこの感覚は普段は忘れがちなのですが、少しずつ自分の中で大きくしていけたら、もっともっとどっしりとした信頼が定着してくれるのではないかと思っています。