過去の体験をもとに未来に期待してしまう

最近、ネット上で配信される映画をたくさん観るようになりました。というのも、パソコンでは机に向かっていないといけなかったのですが、ipad を購入してから、リビングのソファに腰掛けて、リラックスしながら観れるようになったのが大きく影響しています。

画質もいいし、何よりも横になったままでも観れるというのが私好みなのです。特にジャンルを問わずに観ているのですが、気づくと洋画が多いかもしれません。

たまにとても気に入った映画に出会うことがありますが、それはそれほど多くはありません。そして、次にはもっとすばらしい映画を観たいと思うのです。

どれほど出来のいい映画を観ても、もうこれで映画は観なくてもいいや、とは決してなりません。まだまだいい映画があるはずだといつも期待してしまいます。

そして、その期待を裏切られつつも、いくつも次々と映画を観続けているというのが本当のところです。どの映画に対しても、自分なりの評価があります。

あまりに点数の低かった映画を観終わった時には、一体誰がこんな酷い映画を好んで作ったのだろうと心の中で悪態をつきます。

どんな映画だろうと、作った側にはそれなりの主張や苦労があったろうはずなのに、そういうことは大抵無視してしまうのです。

それはともかくとして、私たちは自分がいい体験をすると、それと同等かそれ以上の体験をしたいと思い続けて生きているのです。それは映画に限ったことではありません。

過去の経験を覚えておいて、未来に対してそれ以上の経験を常に期待し続けているのです。だから、その期待が裏切られると不満を感じることになります。

自分が不満を感じることがあったなら、何か過去の体験がベースになった期待を持っていたということに気づくことですね。

あくまでも過去は過去として未来に持ち越さないことができるといいですね。そうすれば、未来に対していつも素直な気持ちで迎えることができるのですから。