距離があり、ものの大きさは変わらない、近づくと大きく見えるだけという三つのうそ

肉体を持って、個人として生きていると思い込んでる私たちにとって、自分のいる場所はその時々において決まっており、その外側にこの世界が広がっていると思っています。

肉体というある空間を占有している自分が、外側に広がる空間の中を移動しながら生活していると考えているのです。

したがって、目に見える外側の風景には、距離という概念が生じてきてしまい、自分の位置から遠いものや近いものがあるというように知覚するのです。

けれども、目覚めた意識に注意を向けると、自分には大きさというものがないということに気づいてしまいます。そして、大きさがないということは、全体性とも言えます。

全体であるものは、移動することは不可能であり、それは距離というものは意味をなさないということに繋がっていくのです。

自分の周りに広がっていると感じているこの空間は、思考によるものであって、本当は自己との間の距離というものはないのです。

それは、たとえて言えばスクリーン上に映し出された映像が、どれほど広大な景色であったとしても、スクリーンとの距離はゼロだということと同じなのです。

この3次元の宇宙空間とは、無限に大きな3次元のスクリーン上に映し出された映像のようなものだということです。

そしてその無限大のスクリーンこそが、私たちの本質の姿なのですね。思考によるこれまでのあらゆる概念がひっくり返ってしまいますが、そのことを自分自身で検証することが唯一の自己探求なのです。