波は海の一部

今これを書いているのは日曜日の夕方なんですが、もうすぐ12月だというのにどういうわけか気温が20度近くあります。東京だけかもしれませんが…。

あったかくてすごく気持ちがいいですね。もうそれだけで気分が良くなってしまいます。なぜそんな些細なことに自分の大事な気分が影響されてしまうのか、ホント不思議です。

と同時に、もう少しじっくり内面を感じてあげると、どのような気持ちや気分にも全く影響を受けないドシっとした何かがあると分かります。

つまりそれに関しては、自分自身の気分の影響も受けないし、ましてや外側の世界にもどんな影響も受けないということが言えるのです。

普段は気分の中にすっぽりと入り込んでしまっているので、それを感じることができないのですが、静かに見つめればそれは必ずそこにあると分かるのです。

それを自分の一部だというには違和感があるし、どう表現しようとしてもうまく伝えられないのですが、敢えて言えばすべての背景のようなもの。

だから決して私という個人に特有のものではないのは確かです。いつもこのブログで全体性と呼んでいるのもそれかもしれません。

私としては正体不明なのですが、ただ自我としての私を一つの波だとすれば、それは海ほどの大きさのものだと表現できます。

海面で一つの波が作られてまたすぐに消えていくのですが、それが自我であり、海が全体性ということになりますかね。

私たち個人とはそんなはかない存在でしかないのですが、間違いなく海の一部として永遠に在るということにも気付いていられたらいいなと思うのです。

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