自我を使わずにいる

この世は矛盾に満ちています。別の言葉で言えば、逆説的なもので満ち溢れているということです。

なぜなんだろうと考えてみたところ、きっと自我として生きているからに違いないというところに落ち着きました。

本当はこの世に矛盾などないのですが、自我が不自然なものであるために自然の中で自己矛盾を起こしてしまうのでしょう。

例えば、寝よう寝ようと頑張るとかえって頭が冴えて眠れなくなるとか、リラックスしようとすればするほど、身体のどこかが緊張してしまうなど。

あるいは、瞑想しようとして考えることをやめようとすればするほど、考えることから離れられなくなるのです。

人間関係を良好なものにしたいと頑張れば頑張るほど、人間関係に悩むことになったりもします。

私の自我が覚醒したいと願っているのですが、そういった願いも欲望の一種であるので、その欲望すること自体が覚醒から遠ざけてしまうのです。

こうして見ると、願うこと、欲望することは全て裏目裏目に出てしまうということかもしれません。

私たちにとって一番良さそうなのは、何がどうなろうと流れに任せていることのようです。つまり自我を使わずにいるということになりますね。