非二元が受け入れ難いと感じる理由

私たちが簡単には抜け出られない、厄介な思い込みがたくさんあります。その中の一つにこの世界と私の包含関係があるのです。

この世界は広大で、小さな個人としての私はその中に包含されているのだと。それが逆転するなどということは全く考えられないのだと。

一方非二元では、私の意識が向かないところは「ない」のです。つまり、私が気づいているところが全てなのだと。

けれども、それは前述の包含関係に矛盾することになります。私の注意が届かない場所は、世界の中にはそれこそ無限に存在すると考えられるからです。

私たちはそこを捨て去ることができないのです。私の意識が及ばないところで、誰かが何かをしているし、どこかに知らない場所が無限にあると感じるのです。

こうしたことが、我々に非二元を受け入れ難いと感じさせるのです。非常識も甚だしいと思わせるわけです。

ここでもう一度正直に、最初の包含関係は正しいとする理由を真摯に探す必要があるのです。すると、そこにあるのも単なる思い込みでしかなかったと気づくことになるのです。

そうやって、一歩一歩着実に事実だと思っていた単なる思い込みを洗い出していくのです。そのうち、そのやり方に慣れてきて時間は短縮されていくことになります。

そして結局は何もかもが思い込みによる間違った知識が前提になっていたことに気づくことになるのですね。

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