自分なんていない方がいいという罪悪感 その2

昨日の続きです。

親の否定的な気持ちを敏感に感じ取ってしまう幼い子は、それが自分のせいに違いないと勘違いしてしまい、それが自分なんかいない方がいいという罪悪感となってしまうことになるというお話しをしました。

その場合、親の否定的な感情が、それを痛いほど感じている幼子自身に向けられているとしたら、それほど耐えられないことはありません。

たとえば、心に余裕のない親が、子供をしっかりとしたどこに出しても恥ずかしくない人物に育てなければならないと思うあまりに、否定的な言葉や態度で叱ってしまうということがよくあります。

親に悪気は勿論ないのですが、必死になるあまりに、親の思うとおりにはできない子供の行動修正に力が入ってしまい、つい受容することを忘れてしまうのです。

こうなると、子供は親が自分のため思って叱ってくれているとは感じません。自分の存在がひどくみすぼらしくて、惨めに思えてくるのもやむを得ないことです。

また、とても心配性な親が必要以上に子供のことを心配ばかりしていると、それが裏目に出ることになってしまいます。

子供は、親を心配させる情けない奴なのだと、自分のことを錯覚してしまうのです。親を苦しめる自分は駄目な存在だと理不尽にも信じてしまうのです。

どちらの場合も、本当によくあるケースです。そして、子供は理由のはっきりしない、自分の存在に対する否定的な思いというものを心の奥底に沈殿させてしまうのです。

これが原因となって、自分の存在価値を実感することができないまま、大人へと成長していってしまうのです。なぜなら、成長していく自分は、そうした惨めな幼い自分を否定し続けているからです。

もしも、自分は罪悪感を強く持っているとの自覚があるのでしたら、こうしたことをよくよく思い返してみることです。

自分で自分の存在を否定して、惨めな思いを持ったまま隠されてしまっている小さな子供の自分をしっかり見てあげることです。その子を自分自身として受け止めることができれば、自然と無価値感は薄れてくるはずです。