マインドの奥の静寂に気付く

夏の風物詩の一つとして、あの冷たくて美味しい「かき氷」がありますね。子供のころは、学校から帰ってきて、すぐにかき氷を作って食べていたのを思い出します。

家庭でかき氷を作る機械は、今でもあるのでしょうか?ジャリジャリと取っ手を回しながら、氷を削っていくのですが、その削り方を荒くしたり、細かくしたりを調整する機能がありましたね。

氷を削る刃の部分を出したりひっこめたりして調整するだけなのですが、そんなことをいろいろ試しながら、食べるのも楽しみの一つでした。細かくすれば、氷を口に入れた瞬間に溶けるのです。

私たちのエネルギーも、同じように例えることができるのです。エネルギーを波としてみれば、その振動数(波動)の高低があります。

一方で、エネルギーの粒子としての面に注目すれば、荒い粒子だったり細かい粒子だったりするのです。私が偶然体験した「自分の不在」のときには、まさしく粒子が驚くほど細かったのです。

それはまるで、パウダーのようなしなやかさ、粒子なのにその粒を感じることができないくらいに細かな感じがしたのです。

自分がいるという思考の中では、エネルギーは荒い粒子のようであり、その思考が一時的であれ停止してしまうと、粒子とは思えないくらいの緻密なエネルギーになるのです。

だとしたら、エゴが大きければそれだけエネルギーの波動は低下し、粒子は荒くなるということですね。エゴが大音量の音楽だとすると、エゴの不在は静寂ということになるのです。

マインドはいつも騒々しくて、それがかつて静寂だったことがあるというのを信じられないくらいです。けれども、いつもマインドをジッと見ていれば、必ずやそこに静寂さがなくならずにあるということに気づくはずです。

この世界であなたが何をしようと、あなたのマインドが静寂を取り戻し、パウダーのようなエネルギーにならなければ、意味はないのです。

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