全体性は移動しない

小学生の頃、よく自転車で家の近所を走り回っていたことがありました。当然歩きよりもはるかに行動半径が広がったのを覚えています。

中高生ともなると、自転車での距離が桁違いに長くなったのと同時に、バスや電車などの交通手段も使うようになって、大人とあまり違わない行動範囲を手に入れました。

そして大学生ともなると、クルマの免許を取得したことで、更に長距離を自分の意のままに移動するようになったわけです。

社会人になると、仕事の出張などによって海外へと拡大して、大げさに聞こえるかもしれませんが、まさに地球規模まで拡大しました。

今となっては、行こうと思えばそれこそ南極にしても地球上どこへでも行くことが可能です。勿論それなりにお金と時間は必要ですが…。

ところが自分としては行きたいところが見つからないのです。移動することにことさらの興味を持つことがなくなってしまったのです。

今自分がいるところが快適であれば、それで満足なのです。だからもうずいぶんと旅行らしきものをしていません。

このまま真新しい景色を目にすることなく、死んでいくのかもしれないと思うのですが、何処に行っても同じものが一つあるのです。

それが全体性なのですね。それは移動することがありませんし、いつもここに普遍的に在るのです。それを感じていられるだけでいいのかもしれません。